産業都市 問い と 応え

灼熱の産業都市が
ぎらぎら
物思いに耽り
公園を歩いていた
彼方に
灼熱の産業都市

蝉の鼓笛隊が
周囲を埋め尽くして
構わず突き進むも
まとわりついてくる蝉

――学問に、飽いたんでしょう。
蝉の一匹が話しかけ、
――ああ、飽いたよ。
――あなたも鼓笛隊に入りなさい。蝉になりなさい。人間を忘れられますよ。
――僕は、人間以外にはならないよ。
やがて蝉たちを振り切り
公民館にたどり着く


公民館に入ると、中は銀河の海のよう
ミルクをこぼしたような星の運河
産業都市のことを忘れられる

しかし猫の公爵が
分厚い書物を運んできて
興ざめ

――読みなさい。
――僕に読めというのか。もう読書はたくさんだ。
――本は心の栄養なのですよ。
――馬鹿か。

猫の公爵の首を締め
宙に突き上げ
いっそう銀河は廻り始め
僕は輪廻に思いを馳せ
そして
突如として
頭の中にある想念が浮かび
あの日、地下鉄で死んだ人々
燃え盛る毒ガス
宗教

宗教が燃え盛る
 

一九九〇年代の星たちが
運河を作っていて
一九九〇年代ドリームは
公民館すべてを支配し
僕を並行世界に誘う

燃え盛る毒ガスの目の前
僕は平気だ
ジャンボ機の残骸が
僕を通り抜け
飛行機は
人間を破壊していく
尾翼がぱあっとはじけ飛び
催涙ガス
ターボ・エンジン
死んでいった人々
ないまぜになって僕に話しかける

――よく正気でいられるな。
――何も怖くないんだ。
――女は怖かろう。
――別に。
急速にしぼんでいく死人たち

並行世界
少女の感覚が僕をとらえ
女子高生の
くびれの感覚
腕に絡みついたそのあと
女子大生の突き出たお尻の感覚が
手を捉えた
軽い勃起
僕は女を知らない

テーブルに一杯のお茶
プルーストならマドレーヌ
しかしそこは日本茶
お茶菓子もなく
数秒で僕はお茶を飲み干し
世界は変わった


まるで宇宙の外にいるかのよう
わずかに見える木星
なぜ木星
不思議だ

宙に浮く本棚
松本清張
司馬遼太郎
そんな中
一冊だけ
スピノザ


――松本清張さん、いるんでしょう。
――司馬はいないよ。
――なぜ貴方だけなんです。
――どうやら宇宙の外側は、ミステリがお好きなようだ。
――貴方は昔純文学作家だったでしょう。
――でも世間的には、ミステリだ。
『点と線』と『砂の器』を本棚から抜き取り
マッチをつけて燃やして
現実界に帰ってくる
やはり手には
スピノザ


四畳半
僕は寝そべる
こんな小旅行が
あと何回できるだろうか
不意に玄関チャイム
――どうも、司馬遼太郎です。
――ちがう。貴方は青年だ。司馬じゃない。
――『梟の城』という小説を書いているんです。
――そんなばかな。いまは未来世紀なのに。
ふくろうが飛んだ
ふくろうが鳴いた
そう
時代は曖昧なもの
だから生きた青年の司馬が
目の前に
 

しかしいまは未来世紀
三メートル先に灼熱の産業都市
踊り狂う火炎放射器
水俣病四日市ぜんそくイタイイタイ病光化学スモッグ、その他大勢
みんな揃っている
いまは未来世紀なのに

公園を焼き尽くす火炎放射器


崩壊するダイエー本店
フラッシュバック
フラッシュバック
やはりあいつは司馬じゃあない
ダイエー創業者の中内功
あいつこそが
中内功こそが
産業都市の裏の宗教的支配者なのだ