田園都市と若くない僕と

田園都市を歩いていた
二十四で、
親不孝者で、
人付き合いが苦手で、
そのうえ女を知らなかった

田園が果てしなく続いていた
田園の螺旋階段が僕に迫ってくる
僕はそれを右手で払いのける
――怖いのか
――違う、鬱陶しいんだ
 怖いのと鬱陶しいのとは違う

田園都市は西の郊外
のどかな雰囲気を漂わせ
僕にはそれが居心地良くも悪くもある
そう、すべては良し悪しだった
時折のどかな風景に癒される
しかし、田んぼの匂いは鬱陶しい

田んぼだ
時折田んぼに分け入って
田んぼをメチャメチャにしてしまいたいと思うことがあるのだ
そうすれば、自分を更新できる
自分を更新することがその時の僕の課題だった

時折田んぼに分け入る夢を観た
泥まみれになった左手を僕は舐める
泥の味
当たり前だ
こんな時に、女を知らない弱みを
噛み締める
泥は失恋の味ではなく、恋を知らない無知の味だ
 
やがて泥んこは灼熱のプロミネンスとなり泡と消える――

 2

僕の兄は三十六歳
年が離れ中年の盛り
自由業のようだ
昼間から、田園都市の街並みを闊歩しているから

兄は田園沿いの道で僕に問いかける
「なあ、俺達はあと何回生まれ変われるだろうな」
その問いに対しては、いつもこう答えていた
「何度だって生まれ変われるさ」

やがて、僕と兄は、田んぼを掘る作業に従事するようになった
何度でも、何度だって、穴を掘る
モグラが笑った

田んぼにモグラが繁殖するようになった
9月の半ばだった
モグラは稲作を妨害すると見做され
すべて焼き払われることになった
「やめてくれ!!」
兄と僕の願いも虚しく
処理場に集められたモグラ
火炎放射器で焼き払われた
 モグラの死骸が言っている
――投げ捨ててはだめだ
 モグラの死骸がなお言っている、
――いつまでも持っていても、だめだ

兄はモグラが焼き払われたあと
詩作にふけるようになり
煙草を書斎で再び吸い始めた

 3

秋と冬の間だった
田園都市の田園風景は移ろい始め
そろそろ旅にでる頃かもしれない
そう僕は思った。
「旅にでるのか、お前」
書斎の戸を半分開けて兄が言った
「兄さんに、幸福を祈るよ」
そう応答して僕はリュックサックを抱えた

田園都市を小走りに僕はゆく
西の果てには流星の運河
僕も兄も信じている
その流星の運河に向かい
田園は果てなく続いている
負けるものか

田園都市の幹線を僕はゆく
負けるものか
流星群の運河にたどり着くまでは
へこたれるものか
どんな文学や哲学についての評論が思考を妨げたって
紙くずにしてやる
 
文学や哲学
そう、
文学や哲学は好きだった
しかし、文学や哲学に対する評論は
紙くず同然だとその頃、僕は思っていた
評論なんぞ糞食らえだ

とうとう流星の運河の末端
文学が
哲学が
瞬き
綺羅星の運河を作る
ここは文学の運河
そして哲学の運河

不意に田園都市モグラ
あの火炎放射器でなぎ払われたモグラの大群が
脳裏をかすめた
しかし田園都市モグラも、評論同然
すなわち、紙くず同然だった
そういった紙くずを打ちやって
僕はようやく何度目かの更新を迎えたのだ